【帰家穏座】飯高寺(飯高檀林跡) 〜古き学び舎の風〜

飯高寺(飯高壇林跡)へバイク(2輪もろもろ)
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飯高神社を後にして、
次は「飯高寺(飯高檀林跡)」に向かいます。

【絢爛】飯高神社と二十四孝彫刻 千葉ツーリング散歩
さて、妙福寺を後にしてその先へと向かいます。 〜二十四の物語に囲まれる神社〜 なんでも県下においてあまり例を見ない瑞垣(みずがき)があるのだとか。 いざ飯高神社へ

一度駐車場の方に戻ってから今度は北へ。

かつてこの場所には「飯高檀林」と呼ばれた日蓮宗の学問所がありました。

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飯高寺(飯高檀林跡)

狭い道を案内に従って歩いて行きます。
順路

総門前の階段に到着
総門前の階段

階段にあった落ち葉。冬の陽の角度は浅い。
落ち葉

飯高寺 総門
飯高寺 総門
規模:間口4.705m、脇門1.915m
形式:高麗門

総門の先には巨木立ち並ぶ参道
参道
参道

進んで行くと何やら一句刻まれた塚がありました。確かめなかったので詳細は不明。
塚

一切経蔵
一切経蔵
経文などを納めていた蔵

立正大学発祥の碑
立正大学発祥の碑
この檀林の流れを汲んでいるらしいです。

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題目堂
題目堂

その先に建物が見えてきました。
講堂へ

講堂です。(国の重要文化財)
飯高寺 講堂

飯高寺(飯高檀林)は、匝瑳市の中心部から北方へ約8kmの舌状台地上に造られた、法華宗(日蓮宗)の学問所です。敷地は67,667平方メートルを有し、うっそうとした杉林が歴史の重みを感じさせてくれます。
天正元年(1573年)、要行院日統が匝瑳市飯塚の光福寺に学室を開いたことが檀林の前身とされています。後に京都から教蔵院日生を招いて、同7年(1579年)、土地の有力者平山刑部の後援を得て、学室を当地の妙福寺に移しました。これが飯高檀林の発祥で、僧侶の教育と宗学を研究し、極めることを目的として開設され、翌年には現在の土地に移っています。その後、全国に諸檀林ができはじめ、関東八大檀林、関西六大檀林へと発展します。
檀林とは栴檀林の略語で、僧侶の集まりを栴檀の林に例えた、つまり寺院の尊称であるとともに仏教の学問所を意味します。
このように学問所として開かれた飯高檀林も、明治5年の「学制」発布により同7年に廃檀となり、294年間の歴史を閉じることになりました。その後、いくつかの建物は、売却や取り壊されたものの廃檀当時のままの状態で、よく保存されています。
なかでも、講堂・鐘楼・鼓楼・総門は、昭和55年に国の重要文化財に指定されています。国指定の4棟は、平成の2度の修理で当時の姿に復元されています。また、檀林跡として境内全体が県指定史跡(昭和50年指定)となっています。

匝瑳市HPより引用)

ドラマなどのロケ地としても使われているそうです。

鼓楼が本堂に向かって右側にあります。
修行開始の合図とかに使われたんでしょうか。
鼓楼

鐘楼は反対の左側に。
鐘楼

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講堂には広縁?というのかな、広めの廊下がありました。
広縁
講堂

ノートが置いてあり、訪れた人々が思い思いの言葉を残しています。
ノート

講堂の横を覗いてみると、
床板に嵌った一枚の枯れ葉が風にそよいでいました。
そよぐ落ち葉

それはまるで経を読んでいるかのようでもあり・・・

古能葉(このは)稲荷大明神

敷地内には「古能葉稲荷大明神」も祀られています。
古能葉稲荷大明神

伝承としてちょっと面白い話がありました。

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古能葉稲荷大明神(このはいなりだいみょうじん)

その昔、檀林の僧が、朝早く、掃除をしようとして、大講堂の前庭に出てみると、総門の方から、大講堂の昇り段のところまで、狐の足跡がはっきりとついていた。庭を歩き回った足跡からみて、大講堂の中へ入った様子なのだ。僧は狐がどうして大講堂の中に入ったのか、不思議に思えてならなかった。

翌日も、足跡は大講堂のところで切れていた。僧は、仲間にこのことを話した。
「それはおもしろいぞ。みんなで探してみるか」
ということになり、鶯谷一帯を探し回ってみた。狐は見つからない。夜中も見張っていたが、狐らしいものは一向に見当らないのだ。何日かたって、今度は、
 「南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)」
とお題目を書いた木の葉が、庭に落ちていた。このことは、飯高村ばかりではなく、このあたり一帯の評判となった。
足跡を残した狐の仕業とも思われず、かと言って、そんなことは誰もしていない。当時は、憶測に憶測が重なって、いろいろなうわさ話が生まれたようだ。

ところが、何年か過ぎて、その正体がはっきりした。能化上人の檀林入山式の日のことである。
その日は、上人の入山式とあって、大酒盛があった。普段、酒など飲めない学僧なので、その日だけは、無礼講とばかり、みんな酔いつぶれるほど飲んだ。
酒宴も終わり、僧たちはみんな引き上げてしまった。ところが、一人の僧が酔いつぶれて動こうとしない。上人は、不思議に思っていろいろと尋ねてみた。
僧は、上人の前にひざまづき、ついに、正体を現わしてしまった。狐だったのだ。

この狐は、表参道の橋げた近くの穴に住んでいた。毎日、毎日学僧の唱える法華経の教えに感動して、勉強がしたくなり、能化の授業に出席していた。何年も何年もの間。しかも、一生懸命だったので、いろいろな教えの奥義を身につけ、時々、学寮の僧たちに、法門を指南するほどであった。

上人は、この話を聞き、法華経の奥義をきわめ、学僧の師となった努力に対して、僧に化けていたことを許してやることにした。
狐は、これから後、法華経の教えを守る一族として、仕えることを誓ったのである。
上人は、狐のために、大講堂の前庭の一角に、祠をつくり、ここに住まわせた。

後に、この祠は、古能葉稲荷大明神と呼ばれ久遠寺本仏(くおんじほんぶつ)の代わり身として、信心する者が多いという。
今でも、五穀の守護神として、願をかけ、成就のお礼に赤い幟を立てる者が大勢いる。

(匝瑳市HP 伝説とむかし話より引用 )

絵馬
絵馬

中に入って手水鉢
手水鉢

稲荷神社
稲荷神社
彫刻

ふと地面に目を向けると、ここにも美しい光景が。
落ち葉がまるで七色の虹のよう
七色虹落ち葉

まとめ

久しぶりにちょっと感動しました。
あんまり無いんですけどね、こういうこと。
とにかく空気感というか、場の持つ力というか、

絶対また来よう!

そう思わせてくれる場所でした。

何も考えずその場に佇んでいたくなる。

そして静かに佇んでいると見えてくる気がするんです、敷地内を急がしそうに歩いている沢山の学問僧たちの姿が。
お経ですかね、冊子のようなものを抱えて、厳しいけれど前向きに、時折笑顔を見せながら何やら話し合っている暖かい光が。
時を超えて今目の前の光景と重なって見えるんです。

あ、幽霊とかそういうんじゃないですよ(笑

帰家穏座。
すごく心落ち着く場所。
おすすめです。

総門に向いて
参道の杉

ちなみに隣の多古町にもかつて「中村檀林」という有名な檀林がありました。「正東山日本寺」というお寺です。

そちらも有名な日蓮宗の檀林として、この飯高檀林とともに知られています。

正東山 日本寺(千葉県多古町)へツーリング散歩
GW中にあっちこっち走り回ってました。 ということで、今日はそのうちの一つ、千葉県は多古町にある日本寺を紹介してみようと思います。 日本寺とググると鋸山にある日本寺が出てきますが、多古町の日本寺もなかなか興味深い所でした。 ...

機会があれば是非。

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