【目つぶしの鴨】東福寺(流山市)へ 千葉ツーリング散歩

目つぶしの鴨、東福寺へバイク(2輪もろもろ)
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そう、今回も表題の通り「目つぶし」つながりです(笑

前回「目つぶしの絵馬」がある布施弁天に行ってみました。

【目潰し絵馬】布施の弁天さま(柏市)へ 千葉ツーリング散歩
千葉県の民話を探していて見つけました。 「目つぶしの絵馬」と呼ばれるものが柏市のお寺にあるそうです。 目つぶしとはちょっと穏やかじゃありませんが、そんなにおどろおどろしい話でもありません。 その絵馬があるお寺は 紅龍山 布...

そこには目のない、もとい、二度といたずらせぬよう目の部分が黒く塗りつぶされた、という絵馬が飾られていました。

そして今回は鴨です。

似たような話が別にあるのを偶然見つけ、面白そうなので訪れてみる事にしました。

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目つぶしの鴨

秋のお米の収穫を心待ちにしていた村人たちの田畑が荒らされ困っていました。犯人を捜してみると、悪さをしていたのは鴨たちでした。鴨たちを捕まえようと村人たちが追いかけていくと、東福寺の森の中に逃げ込んでいきました。村人たちが息を切らせながら東福寺の石段を駆け上がっていくと、大将と思える一番大きな一羽の鴨が山門の中に吸い込まれるように飛び込んで行きました。鴨の泥のついた足跡を辿ってみると、そこにあったのは、境内の中門の鴨居にある鴨の彫刻でした。そこで、二度と鴨が飛んでいって悪さをしないようにと鴨の目に釘が打たれました。(東福寺の中門は日光東照宮造営の材料が一部寄贈され、鴨の彫刻は左甚五郎作と言われています。)それから田畑が荒らされるようなことはなくなり、東福寺の鴨は「目つぶしの鴨」と呼ばれるようになりました。

(流山市観光協会 民話の里を訪ねてより引用)

ストーリーとしては布施弁天の目つぶしの絵馬と同じですね。
違いは馬か鴨か、ついていたのが朝露か泥かの違いでしょうか。

にしても目に釘ってのは・・・さすがにキツいです。もうちょっとお手柔らかにお願いしたい。

実はこの田畑を荒らし、目をつぶされると言う話は全国にあるそうです。
茨城の常光寺には「目つぶしの竜」というものがあり、その目には銅板がかぶせられています。
岐阜県の飛騨一宮水無神社には「稲喰神馬」という木馬があり、その目はくり抜かれたとされています。
他にも幾つか似たような話があるようですが、実はこれらの話には一つ共通点があります。

これら彫刻の作者は「左甚五郎」なる人物と伝えられているのです。
かの有名な日光東照宮の眠り猫を彫った伝説の職人ですね。

何かの古事に由来するのかと思いましたがそうではなく、
彫刻などの出来映えが素晴らしく、今にも動き出しそうだという事から生まれたお話のようです。

布施弁天の絵馬などは甚五郎作ではありませんが、素晴らしいものであるというところから転じて、伝承として語られるようになったのでしょう。

守龍山 証明院 東福寺

東福寺は千葉県流山市鰭ケ崎にある真言宗のお寺さん。
東福寺(GoogleMap)

当山の沿革
当山は守竜山証明院東福寺と号し天暦五年秀岳記の縁起によれば、当山は弘仁五年弘法大師の開山せられたる霊地にして、東方の福地・神竜の守護する所なり。即ち、大師ご留錫の砌、五色池に住める竜王、老翁の姿となって、大師に仏像を刻み伽藍を営むことを請う。時に山の麓渺渺たる滄海に忽然として海竜現われ大師に竜宮の霊物を捧ぐ。大師香を焼き礼をなして、この像に刀を加え妙相円かなる薬師如来となし、当山の本尊とす。その際海竜背鰭の先少しばかりをのこせり。これより当地を鰭ヶ崎と称す。天慶三年下野大守藤原秀郷、平将門追討に当りて当山本尊の加護を請い、效験あらたかなりために朱雀天皇勅して金堂を修覆せしめ、荘田五百石を賜うと、その後寺運愈々栄え、江戸時代には大本寺として御朱印地領参拾石を有し、末寺百参拾弐ヶ寺を統理し、移転寺格を許さる。山容今にその面影をとどむ。当山現住 恵水謹識
(現地碑より引用)

龍が背鰭(せびれ)を残したから「鰭ケ崎(ひれがさき)」・・・格好良い。

弘仁五年は西暦でいうと814年、今からおよそ1200年前の創建と伝えられます。

東福寺に到着

日暮れ前に到着
駐車スペースも結構ありました。
東福寺に到着

左手には庚申塚群
庚申塚群

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正面に長い石段と仁王門が見えています。
石段と仁王門

これが結構急な石段です。
運動不足の足にはちとキツい(汗
石段

仁王門
仁王門

門をくぐって左手に鐘楼と石仏群
鐘楼と石仏群

石仏は四国四十八箇所のお寺を示しているようです
石仏
石仏

右手には成田山の不動尊石像など
不動尊石像

鐘楼の横には二つのお堂
大師堂
大師堂

密厳堂(興教大師堂)
密厳堂

千佛堂
千佛堂
千仏堂の内部は公開されているらしいのですが、時間が遅かったせいか見る事はできませんでした。
また次の機会に。

本堂
本堂
(白飛びしちゃった)

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中門(目つぶしの鴨)

本堂を正面に見て右側に朱色の中門があります。
中門

近づいて上の方をみると・・・
目的のものを発見。

「目つぶしの鴨」
目つぶしの鴨

さらに顔のアップで
目つぶしの鴨

って、欠けとるだけやないか〜!!!

いやいやちょと待て、釘を刺した時に欠けた、という事なのかもしれない。
うんきっとそうだ。

というか本当に左甚五郎?
・・・風化してしまったのかな。

ちなみに門の反対側にも一羽いました。
こちらはうっすらと目が彫られているような
鴨

その先は墓地のようだったので先へは進まず。
中庭

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日没も真近だったので帰路につきました。
境内

その他情報として 流山市指定有形文化財

  • 二十一佛板碑
  • 「俵藤太百足退治の図」絵馬
  • 金剛力士像
  • 阿弥陀如来立像附千体阿弥陀如来立像及び結縁交名木札
  • 紙本淡彩大日如来像
  • 絹本著色道興大師像

まとめ

絵馬に描かれた馬が夜な夜な抜け出してみたり、門飾りとして彫られた鴨が自由に飛び回ってみたり。
世界の在りようも昔は今と違って色々とおおらかだったんでしょうね、

帰り道、長い石段を降りながらカメラを構えていると、小学生くらいの女の子たちとすれ違いました。姉妹でしょうか、「こんにちは」と声をかけると元気に「こんにちは〜!」と挨拶を返してくれました。

その時なんかふっと思ったのです、
この子たちもこの世界に生まれた今まさに躍動する命なのだと。

古来より日本人は様々な物に「存在する」という意味(価値)を見いだしてきたように思います。時には鍼一本にさえ魂を見いだし、「針供養」として供養してきました。

そんな「存在する何か」を慈しむ心が源泉となり、様々な話を豊かな想像力で生みだしてきたのではないか。
そしてそんな話が語られる日々の生活がまた、心の豊かさを育むのかも知れません。

これからも語り継がれていくといいな。

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